デリガール・電車の中に咲いた花
梅の開花が伝え聞こえ来る頃のことだった。小顔で化粧にも手馴れた様子の女の子が私の座る席の前に立った。遊び帰りではないのだろう、午前6時30分で化粧も崩れていない。
立川から乗って来た彼女は終わらない電話に苛立ちを覚えたのだろう、視線を上下に走らせながら、動き始めた電車の中で小声で話し続けている。が、ちょっと声を荒げ、言い放った後、電話を切った。
スケートとは縁遠い東京の片隅で、殆ど見ることのない見事な大腿部は、この寒空に関わらずストッキングで隠されることなく剥き出し。所々に吹出物の痕も残って晒されている。コートを羽織ることもなく、大きな花柄がプリントされた淡いピンクのワンピース姿。電車の中は通勤姿の老若男女。グレーの世界に包まれて、その淡いピンクは一段と目立った。
ソックスを履かずに履かれたパンプスは形が崩れることなく、まだ新しいことを誇っている。手入れがされているわけではなさそうだが、スエードの黒さを放っている。目の前にある大腿部から視線を落とせばこのパンプス、見上げれば驚くほどの小顔。目のやり場に困るというのが正直なところ。
そう、中央線にはいろいろな人がいる。コーヒーが飲みたかったと騒ぎ出す女性、大きな声で歌い始めるおっさん、吐瀉物をバッグの中に吐き出す輩。事情は酌みするが、それに付き合っていたらこちらが堪らない。彼女の出で立ちで、客に延長を強いられた風俗の女の子だろうことは見当ついた。
実際にそうなのかは確認できないが、車で運ばれて、すぐに脱げるようにワンピースを着て、ストッキングなどは面倒だから要らない。走ることがあるかもしれないからローヒールのパンプス。中が見えないようにスカーフが掛けられた、ブランドものではないやや大きめのトートバッグも印象的だ。夢も希望も現実も、何でも詰め込める。
特別快速は立川を出ると次は国分寺。いくつかの駅を通り過ぎて停まったが、彼女は降りる気配がない。大腿部は相変わらず視線を誘ってくる。次は三鷹。そんなに遠くまで来るのかと思いながらも眠ることにした。が、気になるものがあることで眠れない。まだ正直者だ。
彼女は吊革につかまり、体を進行方向に対して半身に構え、混んできた電車の中ではスペースを取っているのだが、誰もそれをとがめることはしない。関わらないことが一番だと決め込んでいるに違いない。彼女の視線は車内吊りや車額の広告に走っている。社内の雰囲気に合わせてか、目立つことは何もしない。ただ、スペースだけを取っていた。
三鷹を過ぎても彼女は降りない。社内は一層グレーが深まった。幸いにも彼女は香水を後付けしていなかった。差し詰め、一緒にシャワーを浴びたのか。帰りの時間を考えて振りかけなかったのか。そんなところに考えが及ぶのなら、この仕事を選ばなかっただろう。どんな事情があるにせよ、男に食い物にされているような弱さは伝わって来ない。それよりもチラッと見た彼女の顔には意志の強さを感じたほどだ。
女性は現実に生きる。いまある目の前に対して生きる。男は夢や理想がないと生きていけない。が、癌の宣告を受けたとなると違う。女性は守られて生きている。男は守るもののために生きている。その違いが出て来る。だから、死に際は男が強い。
電車の中の淡いピンクは中野までグレーに包まれていたが、そのかりそめの現実から解き放たれて、彼女はすいませんと声を掛けながら、電車よりも広い空間に飛び出していった。
いろいろある中央線だが、これもまたひとつの現実。いつもと違った現実が、またいつもの現実に戻るだけ。そこはまたグレーの世界となった。
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